ものが絶え間なく生産され、めまぐるしいスピードでテクノロジーが進化を続けるようにも思える現代の世の中で、人間はどれくらい本質に立ち返る時間を確保できているだろう。自然に触れることや自然のありがたみを感じること、特に忙しく暮らしているとそのようなことは忘れがちかもしれない。
静岡市を拠点に活動する遠藤加奈さんはものの本質に立ち返りながらコンセプトを作り上げ、表現をされている陶芸作家だ。陶芸で消耗品を表した「COLORS」は一見ポップでかわいいという印象を受けるかもしれないが、その背景には壮大な願いが込められている。
11月に「たぐりよせる」という名の静岡県の作家3名による展示にご参加いただくにあたり、彼女がインスピレーションを受ける「土」のこと、陶芸に惹かれた理由、今回展示いただく作品のシリーズ「COLORS」とその前身でもある「日常のコピー」についてなど、たくさんのお話を聞かせていただいた。
▲遠藤加奈さん
キーワードは「土」
雨が降ったり、落ち葉が落ちたり、土壌で微生物が働いたり……などさまざまな要素がくわわることによって植物など生き物を恵んでくれる土。数年前から遠藤さんは生命の源ともいえる土にインスピレーションを受けるようになったという。
過去に土をテーマにした作品について振り返りながら、土を入れたプラスチックのカセットテープケースに、もとはごみの最終処分場だった東京都の「夢の島公園」で撮影した映像を投影したことについて話してくださった。
「植物は種を撒いて水をあげれば、土から勝手に生えてくるじゃないですか。あるとき、それってすごいなと思ったんです。私の作品で扱った閉じられたカセットテーププラスチックのケースの中だと植物は生えてくるかもしれないけど、閉じられたままだとたぶん死んでしまうと思うんです。閉じられていない土壌には雨が降り、植物や木が育ち、命が循環していきます。土って生命の源だと思うんです。そんな土には神秘性を感じます。そういうことを考えながら、土を扱った実験的な作品をこの頃は作っていました」
2000年、陶芸をはじめる
遠藤さんが現在作品の大部分を占めている陶芸をはじめようと思ったのは、美術学校で油絵を学び、都内で現代アートの活動をした少しあとのことだった。2000年にご家族の事情で遠藤さんは地元静岡県に帰郷した。当時土への関心がじわじわと湧いてきていたことから、土でできた粘土を材料とする陶芸に惹かれ、教室に通い出した。
材料に土(粘土)を使う陶芸がしっくりきたのは、遠藤さんの生い立ちにもあるようだ。親が兼業農家をしていたこともあり、実家の畑で育った野菜が食卓に並ぶのが、もはや日常の風景だった。当時はありがたみを感じるというよりも、そんな生活が普通だったと語る。それが東京に出て、再び静岡県に戻ってくると、ものの見方が変わっていたことに気づいたそう。
「自分の作った器で、自分で作った食べ物を食べることがすごくしっくりきたんです。そういう生活って素敵だなと思うようになりました。都会に行ったことが、地元にある自然の素晴らしさを知るきっかけにもなったのかもしれません。近くに自然の宝物みたいなものがたくさんあることに気づきました」
「日常のコピー」から「COLORS」へ
そうして遠藤さんは時には活動の歩みを止めたりしながらも、2000年から陶芸作家として考えられたコンセプトで作品を作ってきた。
なかでも私たちが見て、惹かれた遠藤さんの作品として「COLORS」がある。陶芸というとつい器を思い浮かべてしまうが、遠藤さんが「COLORS」で制作しているのは鋳込み(いこみ)という技法で作られた数々の消耗品。たとえば、ペットボトルや卵のケースなど、普通磁器では作られない消耗品をあえて磁器で表現したシリーズである。割れ物だとは思えない軽やかな形には、実物を見た人でも指を触れると驚きを覚えるという。
「COLORS」は誰もが日常的に使う消耗品をピンク・黄色・水色のパステルカラーで彩ったシリーズのためやわらかな印象を受けるが、もともとこれらは「日常のコピー」というシリーズのもと色付けのされていない真っ白の作品として存在していた。
▲Photographer: RACHI SHINYA
「プラスチックのペットボトルやビニール袋、携帯。いずれゴミになるこういった消耗品は、100年前は存在していませんでした。となると、100年後は存在していないかもしれない。そう考えるとおもしろいですよね。
白い磁器で表現した『日常のコピー』は、戒めとして、『人間がかつて使っていたもの』というような、親しみのある消耗品が遺跡となった未来をイメージして作りました。未来の博物館で展示されているようなイメージですね。白で表現したのは、観る人それぞれの視点で記憶や感触、色、歴史が自由に湧くと思ったからです。そうすることで、作品を観た人の人生が投影されるのではないかと考えたんです」
作品を作った当時は自然災害や戦争などによる不安感を感じながら制作したという遠藤さん。それをやわらかなカラーパレットに塗りかえようと思ったのは、希望を生み出したかったからだという。
「絶望ばかり見ると悲しいですから。ロシアの戦争もあり、この世界ではグレーな世界、カラーじゃない世界で生きている人がたくさんいるとあらためて思いました。カラーに見える世界に戻したいという願いを込めて『COLORS』を作りました」
卵パックやポリ袋など実際のものの型を取り、鋳込みで作品を作るのはそう簡単ではない。石膏でつくった型に泥漿(でいしょう、磁器の泥の液体を指す)を流し込み、ある程度固まったら型から外し、乾燥させ、最後に1230度で焼く。遠藤さんはそのような流れで一つひとつの作品を作りあげるそうだが、泥漿が乾いてくると縮んだり、ちょっとした引っかかりがあったりするとすぐに割れてしまったりもすることから「何回も試行錯誤をしながら作りました」と少し困った顔で笑う。それでも粘土に一切触れずに作り上げる鋳込みには、鋳込みならではのおもしろさを感じたとうれしそうに振り返る。制作の裏側については遠藤さんが在廊している日(2022年11月23日、12月3日)にぜひご本人から聞いてみてほしい。
遠藤加奈さんが参加する静岡県3名の作家による展示「たぐりよせる」は、11月8日(火)から12月9日(金)まで。
学生時代、文化学院美術科で油絵を学ぶ 。東京で活動後、静岡県に帰郷。土と出会い陶芸での表現を始める。 陶や日常のモノ、自然を用いて、様々な表現、空間構成を試みる。 アートはコミュニケーションの一つであり異質なモノ(人や文化、思考)を繋ぐ役割を持つと思っている。 新しい視点を、様々な思考を、新しい自分を、発見する装置であり学び。
■静岡県を拠点に活動する3名の作家による展示「たぐりよせる」
開催日時:2022年11月8日(火)-12月9日(金)| 開廊時間:7:00-22:00 | 入場:無料